原敬の墓/大慈寺
もっと深く
★★★★☆
68-E2
平民宰相といわれた名総理の墓。マニアならずとも訪れたい
盛岡市大慈寺町5-6 大慈寺内
019-622-4709/現地
無料
拝観自由
10分
北緯39°41′37″東経141°09′27″
原敬といえば、明治維新後初めて登場した平民から総理となった人物。名総理の墓として、盛岡市内の大慈寺に墓があり、さすがに立派な構えとなっています。盛岡を訪れる前に勉強してから訪ねるか、訪れてから勉強するか、いずれにしても一度足を運んでおいた方がいいといえる、数少ない歴代総理大臣の墓のひとつといえます。

宮沢賢治の墓/身照寺
もっと深く
★★★★☆
63-D5
観光ポイントとしての名はなぜか低いようです。お寺も迷惑がっている感じ
花巻市石神町389
0198-24-8120/現地
無料
拝観自由
10分
北緯39°23′00″東経141°06′05″
宮沢賢治の墓といえば、あれだけの名声がある人なのでメジャーポイントと思われがちですが、あまり積極的に観光宣伝されていません。なぜなのかと思いながら現地を訪れると、どうやら墓がある身照寺が、観光ポイントとしての公開に消極的のようです。訪れるときは静かにお参りして下さい。

宮沢賢治詩碑
もっと深く
★★★★☆
63-D5
宮沢賢治ポイントとしては重要な詩碑。ココは来た方がいい
花巻市桜町4
0198-24-1931/花巻市観光案内所
無料
特に規制なし
15分
北緯39°22′31″東経141°07′34″
大正15年に花巻農学校の教師を退職して、羅須地人協会を設立し、宮沢賢治が描く理想を追い求めた地に「雨ニモマケズ」の詩碑が建っています。この地で、近くで農業に従事する青年に、化学に基づく土壌や肥料、稲作に関する指導相談を行った場所です。この碑は宮沢賢治詩碑としては第1号のもので、碑の下には遺骨も納められています。

高野長英の墓/大安寺
マニア向け
★★★☆☆
57-E5
知る人ぞ知る高野長英。ここに足を運ぶ人はマニアでしょう
水沢市字東町2
0197-23-3425/現地
無料
拝観自由
10分
北緯39°08′19″東経141°08′34″
水沢市では高野長英に関するメジャーポイントは4カ所。(観光としてのメジャーポイントではありません!)その中のひとつがココ。水沢駅前商店街の裏手にある、大安寺の境内にひっそりと佇んでいます。波瀾万丈の生涯を送った人物なので、もしも興味を持てば、この4ポイントすべてを廻ることでしょう。その時は、この墓は最後に廻りましょうか。

宮古港海戦記念碑
マニア向け
★★★☆☆
70-E3
日本海戦史上初めての洋式海戦が行われた場所の記念碑!幕末ファンは必見!
宮古市鍬ヶ崎
0193-62-2111/宮古市役所
無料
特に規制なし
10分
北緯39°39′01″東経141°58′46″
1869年(明治2年)3月、榎本武揚率いる蝦夷共和国と新政府軍が宮古湾沖で戦闘しました。この海戦は日本海戦史上初めての洋式海戦といわれ、蝦夷共和国の軍艦「回天」には新選組の土方歳三、新政府軍には後の海軍元帥東郷平八郎が乗り組んでいました。30分ほどの戦闘で蝦夷軍が敗退。記念碑以外は何もありません。

斎藤實の墓
マニア向け
★★☆☆☆
57-E6
2・26事件で凶弾に倒れた元首相の墓。かなりのマニアックポイント
水沢市字片子沢
0197-24-2111/水沢市役所
無料
特に規制なし
10分
北緯39°07′46″東経141°08′44″
郷土の誇りとなっている斎藤實元首相ですが、地元の人でもさすがに墓の場所までは知らないでしょう。幹線道路にも一切看板が出ておらず、取材の際もかなり不正確な情報から探し当てたポイントです。広い墓地の一角に、立派な構えでその墓はあります。ただし、墓地の名称も、管理する寺の名前もわかりません。墓地への入口もたぶんここだろうという感じ。

高野長英生誕の地碑
マニア向け
★★☆☆☆
57-E5
知る人ぞ知る高野長英。ここに足を運ぶ人はマニアでしょう。
水沢市字吉小路
0197-24-2111/水沢市役所
無料
特に規制なし
10分
北緯39°08′37″東経141°08′11″
高野長英が生まれた後藤家の跡地が公園化され、記念碑が建っています。まぁ、タダこれだけのことです。墓と比べると、生家もなく、なんだかなぁ〜といった感じです。かなりマニアックポイントですね。

慰霊の森
本当に行く?
★★★★☆
67-M3
観光ポイントではないのですが、畏敬の念があれば行ってみましょう
岩手郡雫石町西安庭
019-692-2111/雫石町役場
無料
特に規制なし
40分
北緯39°39′16″東経141°00′23″
御所湖は全域が広域公園となっており、その南西端にあるのが慰霊の森。昭和47年7月30日、この森の上空で全日空機58便727型機と、航空自衛隊F86ジェット戦闘機が空中衝突し、全日空機の乗客乗員162名全員が亡くなるという悲劇が起きました。この大惨事慰霊のために、航空安全祈念塔、慰霊碑、慰霊堂を建立して園地を造ったものです。

常光寺/石川啄木生誕の地
本当に行く?
★★☆☆☆
74-G6
啄木の生家といっても石碑があるのみ
岩手郡玉山村大字日戸字古屋敷71
019-685-2520/現地
無料
特に規制なし
5分
北緯39°47′55″東経141°12′59″
石川啄木生誕のお寺。啄木が生まれた部屋の一部が復元され、境内には国語辞典で著名な金田一京助博士の筆による「石川啄木生誕の地」碑が建てられています。啄木が生まれたとき父親はこの常光寺の住職だったのです。1年少々住んでいたようですが、直接啄木に関する文化財や史跡などはありません。