青葉城址
東北初めて
★★★☆☆
34-H5
あまりに有名なのですが銅像のほかに何がある?
仙台市青葉区川内1
022-227-7077/青葉城資料展示館
無料
見学自由
30分
北緯38°15′05″東経140°51′20″
伊達政宗が築城した青葉城があったところで、現在は公園化されており、石垣や一部の櫓と門を観るにとどめています。中でも最も有名なのが伊達政宗の騎馬像でしょう。これがあまりにも有名なため、仙台を訪れる観光客の大半が青葉城趾に足を運びます。この銅像以外これといった見所がないのです。

瑞鳳殿
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★★★★★
34-H5
言わずとしれた独眼竜政宗のお墓。さすが墓も伊達者です
仙台市青葉区霊屋下23-2
022-262-6250/現地
拝観料/550円
9:00〜16:30/年末年始
40分
北緯38°15′08″東経140°51′59″
独眼竜でその名のを轟かせた伊達政宗の廟所です。現在の霊屋は2代目で、最初のものは昭和6年(1931年)に国宝指定されているものの、昭和20年の戦災で焼失しています。現在観ることのできる本殿拝殿・涅槃門・御供所(資料館)は、昭和54年に再建されたものなのです。建物が文化財指定を受けられないのなら、せめて史跡に指定すればと思うのですが・・・・

西行戻しの松
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★★★★☆
35-B2
いわゆる伝説の史跡だが、松よりも松島の景観がイイ
宮城郡松島町松島字犬田地内
022-354-2618/松島町観光協会
無料
特に規制なし
20分
北緯38°22′02″東経141°03′15″
歌人である西行が、この松のある場所で、老人との問答で恥をかいて引き返したという伝説がある場所。かなり信憑性に欠ける話ですが、それがもとで観光ポイントとなっています。それよりも、このポイントを勧める別の理由があります。それは松島の景観です。奥松島を除けば、このパノラマラインから見る松島が最も松島らしい景観であると思います。

白石城
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★★★★☆
29-M5
平成7年に復元された木造天守は実に見応えあります
白石市益岡町1-16
0224-24-3030/現地
入場料/300円
9:00〜17:00/年中無休
30分
北緯38°00′09″東経140°37′04″
日本各地に復元された天守閣は多けれど、日本古来の技法を用いた木造建築で復元された城は数少ない。白石城はその一つで、内部の見学は実に見応えがあります。姫路城や松本城などの名城とは比較にはなりませんが、これはこれで十分見応えがある観光施設といえるでしょう。

野蒜築港跡
マニア向け
★★★★☆
35-F1
「幻の港」もしかしたらココが横浜港のような国際貿易港になっていたかも?
桃生郡鳴瀬町浜市
0225-87-3111/鳴瀬町役場
無料
特に規制なし
30分
北緯38°23′04″東経141°10′23″
明治時代初期、ここに日本初の洋式港湾事業が行われています。明治9年(1876年)明治天皇が東北巡幸の際、白羽の矢が立ち、大久保利通の視察によって建設が決定。明治11年(1878年)着工しました。明治17年(1884年)秋、台風によって一瞬のうちに崩壊し、翌年再建が断念されたという「幻の港」です。

観瀾亭
マニア向け
★★★☆☆
35-B1
由緒深い御殿であります!始めの持ち主は豊臣秀吉である
宮城郡松島町松島町内56
022-353-3355/現地
入館料/200円
8:30〜17:00/年中無休
30分
北緯38°22′10″東経141°03′42″
伊達藩の松島遊覧の宿泊所だった建物ですが、元々は豊臣秀吉の伏見桃山城の茶室だったものを、伊達政宗が拝領し、2代目の忠宗が現在の地に移築したものです。いわゆる桃山建築の建物で、松島の景観にピッタリはまっています。また、この裏側には松島博物館が併設されており、伊達家にまつわる品々が展示されています。

尿前の関跡と旧道
マニア向け
★★★☆☆
46-C3
芭蕉ファンなら定番スポット、でなければ立ち寄るまでもないでしょう
玉造郡鳴子町字尿前
0229-82-2111/鳴子町役場
無料
特に規制なし
10分
北緯38°44′17″東経140°41′56″
尿前の関は、仙台藩が出羽街道に設けた関で、このルートは奥羽山脈での最低部を切り開いて造られた、多賀城より出羽棚への最短の街道だった。この関跡を観光ポイントたらしめたのは、奥の細道の松尾芭蕉。元禄2年(1689年)に、松尾芭蕉一行が通った際には厳しい取り調べを受け、ようやく通過したといわれ、その際に、芭蕉が詠んだ「蚤虱馬の尿する枕もと」の句碑が、芭蕉の像と共に建っています。

船岡城址公園
マニア向け
★★★☆☆
30-E4
小説「樅の木は残った」のその樅の木がある
柴田郡柴田町船岡
0224-55-2123/柴田町役場 
無料
特に規制なし
15分
北緯38°03′19″東経140°45′32″
もともと船岡藩の城があった場所を、整備し公園化したところですが、ここの見所メインとなるのは1本の樅の木です。山本周五郎作の小説「樅の木は残った」に登場するこの木が現存し観ることができるのです。この小説「樅の木は残った」は、伊達騒動を題材にしたもので、映画化1回、テレビドラマ化は大河ドラマを筆頭に4回と、相当に有名な小説&史実なのです。

多賀城廃寺跡
マニア向け
★☆☆☆☆
34-L4
現在は史跡公園で特に何もない。ほんとマニア向けのポイントです
多賀城市高崎1丁目
022-364-5901/史跡多賀城観光案内所
無料
特に規制なし
15分
北緯38°17′59″東経140°59′56″
奈良時代、多賀城政庁が造られたころ、鎮護のために建てられた寺のようですが、詳しいことはわかっていないとのこと。現在史跡公園として整備され、往時に建っていた建物の礎石などが配置されています。

岩出山城址
本当に行く?
★★☆☆☆
46-H6
こちらの政宗はかなりイマイチ。史跡ではありますが・・・・
玉造郡岩出山町字城山
0229-72-1211/岩出山町役場
無料
特に規制なし
10分
北緯38°39′23″東経140°51′44″
岩出山城趾は、伊達政宗が仙台に移る前の12年間居城となっていた場所。小高い山の上にある城趾は公園として整備され、伊達政宗の立像が建つのみ。この立像、実は仙台の青葉城趾に建つ政宗騎馬像の先輩にあたります。もともとこの立像があそこに建っていたのですが、昭和39年に政宗騎馬像が造られたため、立像はこちらに引っ越してきたものです。

唐舟番所跡(磯崎山公園)
本当に行く?
★☆☆☆☆
25-J1
唐舟番所跡というのはあちこちにあるが、ココは来るまでもない
亘理郡山元町坂元
0223-37-1118 /山元町役場
無料
特に規制なし
10分
北緯37°53′58″東経140°55′40″
江戸時代、鎖国政策により外国船を監視する目的で建てられたのが唐舟番所。仙台藩では5カ所あったそうで、ココがそのうちのひとつ。といっても番所の建物などなく、小高い丘の中腹に石碑があるのみ。